生かされること 生きること 15(自分史)

 

 

16 命⑫~潰瘍性大腸炎 7

 内服での治療についても回復の目途が立たず、外科的にという話になっていった。
「Jポーチ」を作るということ。大腸を全摘して、小腸で袋と管を作って直腸とつなぐということ。しかし、今、入院中の病院ではまだやったことがないと聞き、不安になった。

 このようなことから、大学病院を紹介してもらった。

 大学病院へ転院。

 なかなか大学病院を受診することが難しい中、スムーズに移ることができた。

手術は、2回。1回目は袋を作るオペ。時間は7時間に及んだ。僕は寝ているうちに終わった感じ。癒着防止のために、目覚めて間もなく、妻の方を借りて立ち上がった。大腸がなくなるということに対して、大きな恐怖とかなりの不安があったが、終わってしまえば、ただそれだけのこと。

 そして、3か月後に直腸とつなぐ。その間は、所謂、人口肛門生活だった。この手術をもって、苦しんできた「潰瘍性大腸炎」との生活にもさよならだった。
しかし、つないで1週間後、猛烈な腹痛。

 癒着して、詰まった状態なった。
 即、入院。鼻から管を通すようなことをして、改善を促すような治療をしたものの、状態はよくならず、再度、お腹を開くことになる。

 術後、主治医2人の会話。「見事な切りっぷり。さすが、アメリカ帰り。これからは詰まらないように、管は2本にしておいたから」と。大腸を全摘するということも、若い医師にとってはこれくらいのことなのだろう。逆に、この明るさが心に響いた。

この後も少しの間、癒着気味になって、腹痛になることもあったが、大事とはならず、今に至る。
 常に便が緩いので排便回数が多かったり、寝ているときに失敗してしまうことあったりするが、あの痛み、さらには血を見ることの精神的な苦痛から解放されたことを考えるとメリットの方がかなり大きい。

 また、人前に立つことの多い職業だが、人の目には上咽頭腫瘍を含め、分からないのも幸いだった。