大夕張という街を知っていますか?~祖母の香り

 ~昨年、書いたものの公開です。

 

 懐かしい香り、しかし、もう二度と嗅ぐことはできない香り。その香りは、「こんな香り」と言葉では伝えることが難しい特有のもので、ただただ穏やかで安心感をくれた香りだ。それは、昭和四十年代、祖母の家の香り。  

 祖母は、三十年前に亡くなっている。また、その家は、当時、賑わった炭鉱町にあったが、現在は、街そのものがダムの底に沈んでしまい、訪ねることさえできない。

 今、この年齢になって、思い出してみれば、玄関から居間にかけての白菜の漬物の匂い、祖母の衣服から香る防虫剤の匂い、そして、祖母の部屋に漂うお線香の匂い、そんな匂いたちが混じり合って、祖母の家の香りであったように思う。

 小学校に上がる前、四、五歳の頃、お盆近くのことだった。次の日から祖母の家に出かける予定だった。玄関に虫取り網などを用意して寝た夜、泥棒が入って、父の枕元から手提げ鞄が盗まれた。当時、我が家は魚屋を営んでおり、その売上金が持ち去られたのだった。手口も巧妙で、私が準備していた虫取り網の網を引きちぎり、針金の部分を鍵状に折り曲げ、それを使って抜き取ったらしい。戸締りの緩さや、家族全員が気づかず寝入っていたことを思うと、今では考えられないのんびりした話である。

 次の朝、警察が数人に来て、バタバタしていた中、どのように祖母の家に行ったのかは記憶にない。ただ、覚えているのは、祖母の家の香りに息を吸った時、思わず涙がこぼれてきたということ。

 時代は令和、コロナ禍に不安を抱える毎日である。そんな中、赤や黄色のもみじに彩られたダムの景色は美しい。青く澄んだ空、水面に紅葉を映すダムの底には、穏やかで安心をくれた祖母の香りの詰まった宝箱が永遠に沈んでいる。

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ライブハウスツアーが間もなく。
オールスタンディングの2時間は若干辛いけれど、とても楽しみだよ。